ありさの告白

パンパンパンパン!!
小気味良い音と共に、ありさの頬に痛みが走る。
雪の季節が終り、大空には青い空が広がっている。
そんな二月も前半を終えようとしていた校舎の屋上……。
そこに、八王子ありさは、頭に湯気を立ち上らせている輩と一緒にいた。
ありさ「い、いたいよぉ〜〜」
頬から伝わる痛みに、思わず涙が溢れてくる。
頬を押えると、ぽっかりと熱を感じてしまう。
ありさ「ま、まりあちゃん、いきなり何するのよぉ〜〜っ!」
マリア「フンッ、アンタがポケーとしてるのが悪いのよっ!」
まりあと呼ばれた女の子が仁王立ちのまま、ありさを睨み付ける。
そして、嘲笑するように言葉を続ける。
マリア「アンタみたいにポケーとしている女が、どうして彼と一緒にいるのよぉ!」
ありさ「か、カレー?」
マリア「彼よ、彼っ!」
マリア「いい加減、ボケるの止めなさいよっ!」
マリア「まったく、いつもいつもいつもぉぉぉぉ!!」
マリア「ボケまくって、こっちの調子を崩させるのを目的としているんでしょうが、アタシには効かないわよ!」
ありさ「わたし……そんな事しないよぉ〜」
マリア「いいえ、アンタのポケーっとしたその雰囲気が、周りを侵蝕するが如く、アタシ達のリズムを狂わせるのよっ!」
ありさ「し、知らないよぉ〜〜」
ありさ「それにわたし、ポケーとなんかしてないよぉ〜」
マリア「『〜』なんて語尾に付けて何いってんだか?」
ありさ「あう〜〜、これはわたし口調だもん〜〜」
マリア「語尾を伸ばせばいいってもんじゃないのよっ!」
ありさ「あうあう〜〜、マリアちゃん、何怒ってるの〜?」
マリア「キーーー! いつのまにか話が脱線してるじゃないのよぉ!」
ありさ「わたしのせいじゃないよぉ〜」
マリア「いいこと、八王子ありさっ!」
マリア「七王(しちおう)マリアが、アンタに宣戦布告するわっ!」
ありさ「ええぇ〜〜〜っ!」
ありさ「マリアちゃん、専制富国って、どんな政治体型なの?」
マリア「ちゃうわボケーっ!」
ドゴッ!
ありさ「はうっ!」
マリアの飛び蹴りがありさの後頭部に炸裂する。
ありさ「い、いたい〜〜」
その場で、頭を抱えてうめく。
マリア「フンッ……見てなさい……」
その言葉を残しながら、マリアは屋上から校舎の中に消えていった。
ありさ「うぅ……わたしが何したっていうのよぉ〜」

雪の季節が終り、春に向けてカウントダウンの麗らかな日々。
そんな日に起きた、些細な出来事だった……。


【ありさvsマリア】:題名



ありさ「いたた〜〜」
授業終了のチャイムが鳴っても、まだマリアにやられた後頭部がズキズキと痛む。
ありさ「うぅ〜〜、これで後頭部が絶壁になったらどうしよう〜〜」
正一「何が絶壁だって?」
ありさ「はぇ?」
身体を起こし、振り向いた先には皆瀬正一の姿が見える。
ありさ「…………」
ありさ「わ、はわわ〜〜、しょ、正一君っ!」
正一「何ビックリしてんだ?」
ありさ「そ、それは……あはははは……」
正一「ん? その笑い……何か隠しているな?」
ありさ「そ、そんな事ないよ〜〜」
正一「幼馴染みを侮るなよ」
正一「この皆瀬正一! 八王子ありさ笑みにはちょっとした自信があるんだぜ?」
ありさ「……はぇ?」
正一「フフフッ……ありさの笑い一つ見ただけで、その日の体調が分かってしまうのだ!」
正一「そう、言うなればありさの笑みは、ありさ全てなのだよ、ハハハハハ」
ありさ「しょ、正一君……すごぉぉぉい!」
正一「皆まで言うな、俺が凄いのは判りきっている事だ」
ありさ「うんうん、凄い凄いと思ってたけど、今ほど凄いと思った事はないよ」
正一「うんうん、かわいいやつめ〜〜」
そう言って、正一はありさの頭を撫でてやる。
ありさ「はわわ〜〜、正一君に撫でられるの、わたし好きだよ〜」
正一「そうかそうか、俺は気分がいいぜ」
ありさ「……うん」
正一「それより、さっき後頭部を摩っていたようだが、どうかしたのか?」
ありさ「え? な、何でもないよ〜」
正一「ふむ……それは嘘を言っているな」
ありさ「……うっ!」
正一「この俺を侮るなよ?」
正一「なんせ俺は、ありさの幼馴染みなんだからなぁ!!」
ありさ「わ、分ってるよぉ〜〜」
正一「で、どうしたんだ?」
ありさ「うぅ〜〜」
ありさ「ちょ、ちょっと後頭部が痛いだけだよ〜」
正一「後頭部?」
ありさ「あっ……」
正一が、ありさの後ろに回ると、撫でるように後頭部を調べ始める。
ドックン!
正一が触れただけで、ありさの胸が高鳴る。
顔が熱くなり、思考回路が焼き切れそうになっていく。
ありさ「わっ、はわわ〜〜〜っ!」
正一「うわっ、どうしたんだ?」
ありさ「だ、大丈夫! これくらい、わたし何ともないからぁ!」
正一「そ、そうか?」
ありさの剣幕に、たじろぎながら納得する正一。
正一「んじゃ、帰るとするか?」
ありさ「……うん」

正一と一緒に楽しく、下校している時にそれはやってきた。
マリア「アロアロ〜〜!」
正一「七王? こんな所でどうしたんだ?」
正一「しかも、妙な奇声をあげて?」
マリア「うぐっ……妙な奇声……」
マリア「ちっ……奇を狙ったのがまずかったか?」
正一「え?」
マリアの小言は筒抜けだった。
マリア「そんな事よりも、八王子ありささん」
ありさ「な〜に? マリアちゃん?」
マリア「ちょっとよろしくて? 大事な……とても大事なお話しがあるんですのよ」
ありさ「大事な話ぃ? う〜〜ん、今ぁ?」
マリア「そう、今ですの」
ありさ「う〜〜ん」
ありさがチラチラと正一を覗き見る。
正一「すぐ終るか?」
マリア「ちょっと無理ですわ」
正一「そっか、なら俺は先に帰ってるわ」
ありさ「うん、また明日ね〜」
正一「おうっ!」
手を振って、正一は帰っていった。
マリア「フフフ、ふふふのふ」
マリア「作戦成功だわ」
ありさ「……はぇ?」
マリア「誰がアンタを正一君と一緒に帰らすもんですかっ!」
ありさ「マリアちゃん、恐いよぉ〜。まるで鬼婆みたい」
マリア「ムッキーーーー!!」
マリア「人を鬼婆扱いしないでよっ!」
ありさ「それじゃ、ナマハゲ?」
マリア「どっちも一緒でしょうが!」
ありさ「鬼婆とナマハゲは種族が違うよ〜」
マリア「見た目はどっちも一緒なの!」
ありさ「うぅ……」
ありさ「マリアちゃんって、苛めっ子だったんだ」
マリア「別にアンタを苛めている訳じゃないわ」
ありさ「ならどうしてこんな事するの?」
マリア「どうして?」
マリア「フフン……その胸に聞いてみる事ね」
ありさ「胸に……」
マリア「こ、こらっ! アタシの胸に触ってどうするのよ!」
ありさ「だって、胸に聞いてみろって……」
マリア「アタシの胸じゃなくて、アンタ自身の胸よっ!」
ありさ「わたしの胸ぇ〜?」
ありさ「えっと……おーーい、わたしの胸さ〜ん、教えてよぉ〜〜」
マリア「…………」
マリア「やはり、ありさはボケだったわ」
ありさ「あー、ひどいよぉ〜」
ありさ「わたし、ボケじゃないもん〜」
マリア「今の行動を見て、どうボケじゃないって?」
ありさ「だって……マリアちゃんがわたしの胸に聞けって……」
マリア「直に受け取るのがボケだって言ってるのよ!」
ありさ「はうぅ……マリアちゃん恐い……鬼婆みたい……」
マリア「それはもうやった!」
ありさ「あうっ……」
マリア「いい、その梅干しのような脳みそをかっぽじってでも思い出しなさい!」
マリア「自分がアタシに対してどれだけの侮辱をしたのかをねっ!」
ありさ「梅干しのような脳みそ?」
マリア「本題が違うわ、ボケー!」
ドゴッ!
ありさ「はうっ!」
マリアの飛び蹴りが、またしてもありさの後頭部に炸裂する。
ありさ「い、いたい〜〜」
その場で、頭を抱え込むありさ。
マリア「フンッ……ちゃんと考えておくのよ……」
その言葉を残しながら、マリアは去っていく。
ありさ「うぅ……わたしが何したっていうのよぉ〜」
辺りは静寂と、冷たい風がひゅうひゅと吹き荒れていた。


闇夜の静寂が、ありさの部屋を包んでいた。
キシキシとベットの音が静かに軋む。
ありさは、ベットの上で寝返りを何度もしていた。
ありさ「う〜〜ん、マリアちゃんを侮辱したことぉ〜」
ありさ「マリアちゃんを侮辱したことぉ〜〜」
頭の記憶から、マリアを侮辱した事を探るが、一向に見つからない。
そもそも、ありさ自身、今までマリアを侮辱したなどと思った事がないので、行く羅漢が得ても無駄というものだ。
ありさ「う〜〜ん、考えても分かんないし、もう寝よう……」
目を瞑ると、2秒後には遠い意識に底に潜っていった。


??「…………」
??「…………さ〜」
胸がチクリと痛む。
??「……り〜さ〜」
??「あ〜り〜さ〜」
その声が耳の奥で響く度に、ありさの胸に針で刺された痛みが走る。
??「あ〜り〜さ〜」
ありさ「な、なに?」
??「よ〜く〜も〜、ア〜タ〜シ〜の〜邪〜魔〜ば〜か〜り〜し〜て〜く〜れ〜る〜わ〜ね〜」
ありさ「……はぇ?」
カツーン、カツーン!
ありさ「はうっ!」
木槌で、釘を打つ音が響いてくると、胸が痛み出す。
ありさ「い、いたいよぉ〜〜」
カツーン、カツーン!
ありさ「はうっ!」
静かな空間に、不気味なくらい正確に響いてくる。
??「ヒッヒッヒッヒッヒッ!」
??「まいったかぁ〜、あ〜り〜さ〜」
ありさには、耳に響いてくる声が誰かの声に似ている事に気付く。
ありさ「…………」
ありさ「この声……マリアちゃん?」
??「ヒッ!?」
パリィィィィィィン!!
ありさが相手の名前を言い当てると、ガラスが壊れるようにその空間も壊れていく。
??「な、なぜにぃぃぃぃぃぃ!!」
マリアの絶叫と共に、ありさの意識が回復していく。
ありさ「…………」
目が覚めると、そこは自分の部屋。
ありさ「……あれ?」
辺りを見渡しても自分の部屋。
ありさ「さっきの……マリアちゃん?」
ありさは知らなかった。
さっき襲われていた痛みは呪いで、術者の名前を言い当てた事により、呪いを無効化した事に……。
ありさ「……変な夢……寝よう」
パタンと布団に沈む。
そして2秒としない内に、ありさは眠りに誘われていった。
ありさ「くひゅ〜〜」
今度は、マリアが出てくる事はなかった……。


ゆさゆさ
ゆさゆさ…
??「おおい、朝だぞ〜」
ゆさゆさ…
身体を揺すられる感覚……。
ありさの目がゆっくりと開いていく。
正一「よっ、起きたかネボスケありさ」
ありさ「うぅ〜、わたしネボスケじゃないもん」
正一「顔を膨らませてもだめだぞ」
正一「なんたって、こう毎日俺が起こしてやらないと、お天道様が真上に来ても寝ているだろう?」
ありさ「そ、そんな事ないよぉ〜」
正一「そんな事あるんだ」
正一「俺が言うんだから間違いない!」
ありさ「その自信はどこから出てくるのよぉ〜」
正一「なに、今までの人生が俺にそう言わせているんだ」
ありさ「…………」
正一「それより、早く着替えろ、遅刻するぞ」
ありさ「うん、わかったよぉ〜」
ベットから降りると、パジャマを脱ぎ始める。
正一「お、おいっ!」
ありさ「はぇ?」
正一が目の前にいるもの忘れて、着替えを始めてしまったありさ。
正一は、ありさの眩しい下着に目を奪われてしまう。
ありさ「はわわ〜〜っ!」
真っ赤になりながら、胸元を下ろす。
正一「す、すまん……そ、外で待ってるから」
ありさ「わ、わっ、はわわ〜〜」
ありさの胸は爆発しそうなくらい激しく動悸していた。


正一と一緒に登校中……。
マリア「やっと来たわね」
幸せな時間は、マリアの登場により終りを告げる。
ありさ「あ、マリアちゃん……」
マリア「まったく、なかなか来ないもんだからヒヤヒヤしたわよ」
正一「七王? お前怪我してないか?」
マリア「うっ……」
よく見ると、マリアは腕に何かに噛み付かれたような怪我をしていた。
正一「おい、大丈夫か?」
マリア「正一君……アタシを心配してくれるの……?」
マリア「マリア……マリア……嬉しい!」
正一「七王? 気でも狂ったか?」
マリア「はうっ! 一瞬にして地獄に落とすような物言い」
マリア「正一君、少しありさを借りるわね」
ありさを掴むと、道の隅に連れていく。
ありさ「マリアちゃん? 大丈夫?」
マリア「これはアンタがアタシの呪祖を返したから出来た傷なのよ」
ありさ「呪祖?」
マリア「なんで、こんなボケがあの呪いを返せたのかねぇ?」
ありさ「あはははは……」
ついていけない世界に、ありさはただ笑うしかなかった。
マリア「それよりありさ……アタシを侮辱した事を理解した?」
ありさ「……はぇ?」
マリア「…………」
マリア「まだ、アタシのいう事が判らないようね」
マリア「キーーー! 許せないぃぃぃぃぃぃぃ!」
ありさ「わたしのせいじゃないよぉ〜」
マリア「いいや、全部アンタが悪いの!」
ありさ「マリアちゃん、それってひどいよぉ〜」
マリア「酷いもんですか!」
マリア「アタシの受けた心の傷に比べたら……この程度何てことも無いでしょうがっ!」
ありさ「ふえ〜〜ん、意味不明だよ〜〜」
マリア「アンタがアタシの行動を邪魔しているんでしょうがっ!」
ありさ「……はぇ?」
ありさ「邪魔ってな〜に〜?」
マリア「ムッキーーーー!!」
マリア「これでも、シラを切るきぃ!!」
マリアは懐から、小さな包みを取り出す。
ありさ「………?」
ありさ「マリアちゃん、これがどうかしたの?」
マリア「これに見覚えない?」
ありさ「これに……う〜〜ん」
頭を悩ませながら考えるが、マリアの持つ包みに記憶がない。
ありさ「う〜〜ん、知らないよぉ〜〜」
マリア「ムッキーーーー!!」
マリア「三日前のバレンタインの時よっ!」
ありさ「バレンタイン…ばれんたいん…ばれんたいん……」
ありさ「……はぇ?」
マリア「はえ?じゃないわよっ!」
マリア「アタシが正一君の為に丹精込めて作った愛のチョコレートを横から奪って食ったのはどこのどいつよっ!」
ありさ「ああ……あの時は、お腹が空いていたから〜〜」
マリア「だからって、人の贈り物を勝手に食うバカはいないでしょうがっ!」
ありさ「あはははは……」
マリア「笑って誤魔化すなっ!!」
ありさ「うぅ……」
マリア「罰として、アタシの告白を邪魔しないでよ」
ありさ「はぇ? 告白?」
マリア「問答無用! いくわよっ!」
ありさ「えっ……ちょっと待って……」
マリアが正一の元に掛けていく。
マリア「正一君っ!」
正一「はい?」
マリア「正一君! アタシ……アナタの事が好きなの!」
マリア「大好きなの、ラブラブなの!!」
正一「…………」
正一「お、おう……サンキュー」
マリア「…………」
マリア「し、幸せぇ〜〜〜」
うっとりと、正一の言葉をかみ締める。
ありさ「はわわ〜〜〜」
マリアの告白を聞いて、ありさ自身不安感に囚われる。
このままだと、正一をマリアに取られてしまう。
そんな感じがしてならなかった。
ありさ「うぅ……」
ありさは意を決したように、正一の元に赴く。
正一「ありさ?」
ありさ「うぅ……正一君……」
正一「?」
顔から炎が出そうなくらい恥ずかしい。
ありさ「ね……寝起きを一緒しよう?」
正一「…………」
マリア「…………」
ありさ「……恥ずかしい……」
マリア「寝起きって……直接的すぎるんじゃぁぁぁぁぁ!!」
正一「……ポッ」
マリア「そこっ、頬を赤らめるなっ!」
正一「寝起きを一緒……寝起きを一緒……」
正一は、何かにとりつかれたように呟き続ける。
マリア「うぐっ……しまった!」
マリア「こんなポケポケのありさなんかに……ありさなんかに……」
マリア「こんなの……こんなの……あんまりだわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
マリアは泣きながらその場を去っていく。
ありさ「あ、マリアちゃん!」
ありさが呼びかけた時には、もうマリアの姿はどこにも無くなっていた。
と思ったが、すぐにもどってくる。
マリア「いい、これで勝ったなんて思わない事ね!」
マリア「いつか必ずリベンジしてやるんだからぁぁぁぁぁぁぁ!!」
そう言い残してマリアは去っていった。
ありさ「マリアちゃん…」
正一「寝起きを一緒……寝起きを一緒……」

そんなこんなで、ありさの告白?は正一に届き、恋人同士の関係になった。
マリアは一種の恋のキューピットだったのかもしれない。
それにしても……マリアは不憫でならない……。

おしまい