男の子っぽい女騎士(ナイト)


 ボクはつーちゃん(本当は燕ちゃんね。親しみを込めてそう呼んでるってわけ)の双子で、そのお姉さんだ。
 産まれてから死ぬときまで、それは決して変わらないものだと、ボクは信じてる。
 そして、ボクはつーちゃんの騎士(って自分で言うかな、はは)。
 子供の頃から大人しかったつーちゃんの守り役を、今は死んじゃったお母さんから頼まれたとき、そう思った。
『燕ちゃんはもう一人の貴方よ』って言われたときにね。
 それからはずっと一緒だった。
 東でつーちゃんが泣いてれば慰め、西で転んでれば助け起こす、って感じで。
 喧嘩も良くしたっけ、それも男の子相手ばっかり。
 のしてやったけどね、うりゃうりゃうりゃ、って。
 ははは、そのたびに男の子っぽい、って言われてもね。気にしなかった、かな。
 だって、つーちゃんを守ってあげられるのは、ボクしかいないはずでしょ?
 ……でも、双子の姉妹で、こんな関係を続けていて、本当にこれからも守ってあげられるのかな。
 大人になるにつれて近づいてきた現実。
 つーちゃんの笑顔を見るたびに、ボクの心が痛むよ、ねぇ。
「……翼ちゃん?」
「え、え、え? な、なに?」
 はっ、と気づくと、つーちゃんがボクの顔を覗き込んでいた。
「……部室……こっちじゃないよ?」
「あ、あははっ、そ、そうだったよね、うんうん」
「……なにか考えてたの……?」
「ちょ、ちょっとね」
 慌ててたから少し語尾が上擦った。
 そりゃそうだよね。
 うんうん唸って考えてた相手が、いきなり目の前にいた日にゃあ。
 って、また考え込んでどうするっ。
「そ、それじゃあ、ボク部活に行くから」
「……う、うん」
「遅くなるかもしれないけど、夕ご飯は食べるから、ってみーちゃんに言っておいてくれる?」
「……うん、分かった」
「いい、気をつけて帰るんだからね?」
「……ありがと、翼ちゃん……」
 笑って小さく手を振り、つーちゃんの姿が小さくなっていった。
「はぁ……つーちゃん、ごめんね」
「あ、あ、あ、あのっ!」
 突然、後ろから声。しかもかな〜りどもってる。
 なんだろ? と思いつつもボクは振り返る。
「は、は、八王子先輩っ! こ、これっ!」
「へっ?」
 目の前にはちょい可愛い男の子。ボクを先輩って呼ぶことは、下級生?
 なにやら、手紙をボクに差し出している。
 って、ま、待ってってば。こ、これって、もしかしてラブレタぁっ?
「よ、読んで返事を聞かせてくださいっ! お、お願いしますっ!」
「あ、ちょ、ちょっとっ!」
 呼び止める暇もなかった。
 手紙を押しつけるように手渡すと、その後輩は一目散に行ってしまった。
「う、う〜ん?」
 手汗で所々ふやけた手紙を片手に(緊張してたんだろね)、ボクはやっぱりうんうん唸りながら帰った。
 その日の夕食。
 部活忘れてたぁ〜、と頭の中で叫びつつ、ボクは手紙のことばかり考えていた。
 こんな経験初めてだったから、どうにも分かんないんだよね、これが。
 後妻の美影さんには、まだちょっと訊ける内容じゃないし。
 あーちゃんはこういったことについてポケポケだから、頼りになんないし。
 やっぱりつーちゃんに相談するしかないっか。
 そう決めたボクは、夕ご飯を食べ終わったつーちゃんを部屋に誘った(っていっても、いつもどっちかの部屋に入り浸ってるけどね)。
 丸テーブルを挟んで、ボクとつーちゃんは座る。
「で、ね、ちょっと相談なんだけど」
「……うん」
「ふぅ……」
「……翼ちゃん……?」
「へ、へ?」
「……言いにくいこと……?」
「い、いや、まあなんちゅうか」
 柄にもなく照れて、頬を撫で回す。う〜、恥ずかしっ。
「そ、そのね、ボクにも春がきたのかなって」
「……ぇ……」
「は、春だよ、春」
「……あ……」
「う、うん、そういうこと」
「…………」
 俯いて黙り込むつーちゃん。ボクでさえ照れる話だから、純情なつーちゃんはもっとなんだろうな。
「……いつ?」
「今日だよ。つーちゃんと別れたすぐあと」
「……どんな人?」
「は、初めてあったから分かんないよ。下級生みたいだったけど」
「……そう……」
 やっぱり興味があるのかなぁ? つーちゃんは矢継ぎ早に質問してきた。
「つ、つーちゃんはどう思う? この話」
「……燕……燕はね……」
「う、うん?」
「……良かったね」
「あ、あははっ、まだいいかどうか分かんないけどね」
「……ううん……きっと大丈夫だよ……」
「も、もう、つーちゃんってば」
「……っ……っ……じゃ、じゃあ、燕お風呂に入ってくるね……」
 つーちゃんは急にそう言って立ち上がる。
「つ、つーちゃんっ」
 ボクはなぜだか呼び止めた。
「ありがとね、なんだかすっとしたよ」
「……ううん、いいの……」
 ツインテールを左右に揺すって言い、つーちゃんは出て行った。
 もう少し話したかったボクは、ひょいとベッドに横になる。
 いつもならもっと長話になるんだけど、やっぱり男女関係の話じゃねぇ。
 ?? 男女関係の話、か……。
 そういえば、そんな話がボクとつーちゃんの間で出たのって、いつ以来だっけ。
 う〜ん……そうだ、確かあれはボクが10歳くらいだった。
 当時、ボクはまだ今よりも男の子っぽくって、つーちゃんは今と全然変わってなかったんだよ。
『つーちゃん、つーちゃん、初恋って知ってる?』
『……えっ?』
『は、つ、こ、い、だよ。知ってる?』
『……つ、燕……し、知らない……』
『あははっ、じゃあ教えてあげよっか?』
『……ぇ……』
『ボ、ボクさぁ、なんだか初恋しちゃったみたいなんだ、うん』
『…………』
『で、でね、ボク……い、言っちゃおうと思うんだ』
『…………』
『ど、どう思う?』
『……良かった……ね』
「くか〜、すか〜」
「…………」
「……翼……ちゃん……」
 ボクがラブレターを受け取って、それをつーちゃんに相談してから半月が経った。
 まだ答えは返してないんだけど、あの下級生(山科 省吾(やましな しょうご)君)とはよく話をするようになった。
 山科君もボクに気を遣ってくれて、ちょっと押しが足りないけど、いい人でさ。
 といっても日常的な当り障りのないことで、男女関係の『だ』の字もないけどね。
 でも、それでも新鮮だった。
 つーちゃんに頼られ、つーちゃんを守る、それが当たり前だった今まで。
 でも今のボクの時間は、確実に山科君と一緒に動くようになってきている。
 つーちゃんと話すときも山科君が中心だし、アレもご無沙汰になっている(ま、これはタイミングの問題だろうけどね)。
 そして、な、なんとぉっ!
 きょ、今日、お呼ばれしてしまったのだぁ、山科君の家に。
 うひゃぁ、き、緊張の極限って感じだったよぅ。ドキドキもんだった。
 で、ボクはお喋りな方だから、これを黙ってられないんだよね。
 早速、この半月の日課となった、つーちゃんへの報告に向かった。
「でね、でね、すごかったんだってばぁ」
「……うん」
「男の人の部屋って汚い、って思ってたけど、全然違ったよ」
「……そう……」
「やっぱりボクが行く前に片付けてたのかなぁ」
「…………」
「あははっ、可愛いとこあるよね〜、山科君って」
「……っ!」
 顔を真っ赤にしてそう言ったときだった。
 それまで俯いて頷いていたつーちゃんが、いきなりテーブルを両手で叩いた。
「つ、つーちゃん?」
「……な……んで……」
 押し殺した声。よく聞こえない。
「えっ?」
「……なんで……今さら……男なの……?」
「な、なんでって、つーちゃんなに言ってるの?」
「翼ちゃんは男なんか見ないでっ!」
 つーちゃんの絶叫。初めてのことだった。
 でも……ボクが男を見るな? ボクだから……男を見るな?
 ボクの中でなにかが吹っ飛んだ。次の瞬間、つーちゃんに思い切り言葉を叩きつけた。
「どうしてそんなこと言うのよっ!」
「……っ」
「そ、そんなこと、つーちゃんには関係ないでしょっ!?」
「……か、関係あるの……」
「だからって、どうしてそんなこと言うのっ? ボクが男の子と付き合っちゃ悪いの?」
「……そ……そんなこと……」
「言ってるっ! 絶対、言ってるっ!」
 明らかな決め付けだった。だけどボクは止まらなかった。
「つーちゃんはいいよ、黙ってても男の子に持て囃されてさっ!」
「それでも恐がって、ボクを頼って……」
「で、でもボクは、こういうこと滅多にないのっ! ないんだからっ!」
「……な、なら……なんで、あのとき……燕を抱いたの……?」
「えっ……?」
「……は、初めて抱いてくれたとき……翼ちゃん言ってくれた……」
「……もう男の子なんか見たくない、つーちゃんだけを見るって……」
「そ、それは……」
 走馬灯のように浮かび上がる、思い出したくない過去。
 ボクの初恋で、初めての失恋。
『お前の妹の半分でも、女の子らしかったらな』
 その日、ボクはつーちゃんの女の子らしさが許せなかった。
 ボクが守ってきたものはつーちゃんじゃなく、つーちゃんの女の子らしさだと思った。
 その代償として、ボクは女の子らしさを失ったのだ。
 だから……ボクはつーちゃんの花を手折った、無理やりに。
「……あ、あのときの翼ちゃんは……嘘だったの……?」
「ち、違っ!」
「……あの肌の温もりは……優しく抱きしめくれたのは……」
「ち、違うっ! 違うってばっ!」
「そ、そんなんじゃ、そんなんじゃないよっ!」
 もう、なにがなにやら、ただがむしゃらだったよ。
 つーちゃんの頬を伝う涙を止めたい、その一心で、ボクはつーちゃんを腕の中に掻き抱いていた。
「……そんなんじゃ……ない……よ」
「……翼……ちゃん……」
 きゅっ、と抱き返してくる、つーちゃんの小さな身体。
 ボクも抱く腕に力を込める。
「ただ……たださ」
「最近、思ってたんだ。このままでいいのかなって」
「……つ、燕は翼ちゃんと……」
「うん、分かってる、それは分かってるよ」
「でもさ、考えてもみてよ」
「ボクたち、双子で、家族で、女の子同士なんだよ?」
「これから大人になれば、なにかと……やばいこともあるでしょ?」
「……う……ん……」
「だからさ、本音的にはこのままがいいんだけど、理性のどこかでは、つーちゃんを代わりに守ってくれる人が現れた方がいいんじゃないか」
「そのときになったら、ボクはひとりぽっちになっちゃう」
「だ、だったら、その前に……その前に……」
「……っ……そ、そう、ボクは思っ……たんだよ……」
「……翼ちゃん……」
「そ、それにね、気づいてたかもしんないけど」
「ボク、やっぱり心の奥底で未練があったんだよ。男の子に」
「……うん……知ってた……」
「……翼ちゃん……あのときから、ずっと綺麗になったから……」
「や、やだな、綺麗になんかなってないよ」
「……ううん……」
「……燕……どんどん好きになっちゃったから……」
「つーちゃん……」
「……翼ちゃん……」
 こんなボクを慕ってくれるつーちゃんが。
 こんなボクでも好きでいてくれるつーちゃんが……好きだ。
 その夜は、ただつーちゃんの腕の中で眠りたかった。
「…………」
「……翼ちゃん、翼ちゃん……」
「……ん……」
「……起きて……朝なの……」
「朝……う……ふあぁぁぁぁ……」
 朝の光が差し込んでくるボクの部屋。
 そのベッドの上で、ボクとつーちゃんは向き合っている。
「おはよ、つーちゃん」
「……うん……おはよう、翼ちゃん」
「今日もいい天気になりそうだねぇ、うん」
「……あ、あのね……翼ちゃん……」
「うん?」
「……あ、あの、つ、燕……燕……」
「??」
「……い、一緒に……いてくれるだけでいいの……」
「えっ?」
「……い、一緒にいてくれるだけでいいから、あ、あとは翼ちゃんの自由に……」
 しどろもどろに言うつーちゃん。
 まったく、心にもないことを言っちゃってぇ。ほら見てごらん、言ってる側から顔がぐしゃぐしゃじゃない。
「……ぅ、ぅぅ……だ、だから……」
「つーちゃんっ♪」
 ボクは起き上がりざま、つーちゃんに頬擦りする。
「ふ、ふゃっ?」
「つーちゃん、つーちゃん」
「……つ、翼ちゃん……?」
「断るよ」
「……え……?」
「仁科君のことは断る」
「……え……で、でも……」
「ねね、どうしてだか分かる?」
「……え、えと……ううん……」
「えっへっへ」
 妖しく照れ笑いしてから一言。
「なんでかってぇと」
「ボクはつーちゃんの騎士だからだよっ」
 そうだ、なにも迷うことなんてなかったんだよ。
 だって、だってさ。
 ボクたち、産まれる前からずっと一緒で。
 これからもずっと一緒なんだからさ。
 可憐で可愛いお姫様と、男っ気のある女騎士。
 こんな関係があってもいいじゃない?